最近、読んでいる本は仏教づくしです。ざっと読んだ本をリストアップしてみました。
同じ仏教とはいえど、著者によって言うことがだいぶ違うのだなぁというのが発見です。
たとえば、『考えない練習』の小池龍之介さんは大変な読書家です。「認められたいってどういうこと?」という章では、子どもの発達や心理療法の研究をたくさん出して「認めらたいって、こういう心理構造だよね」という説明を、たいへんうまくやるのです。1冊の本を読み終わると、次に読みたい本が2~3冊でてきます。
一方、『心配事の9割は起こらない』の枡野さんは、ご自身が僧侶でありながら禅の庭園デザイナーであることもあり、法人様と一緒に仕事をすることが多いのでしょう。仕事論をよく語ります。ToB向けのお坊様、という印象です。
また、『禅僧が教える心がラクになる生き方』の南さんは、これまで一般の方の相談をたくさん聞いてきたこともあってか、相談解決に長けています。事実とは何で、どう人は認識しているのかの紐解きが得意な印象で、ToC向けのお坊様、という印象です。
最近人気のコーチングには、ティーチング寄りのコーチングをする人と、コーチング寄りのコーチングをする人がいるのと一緒で、
僧侶の中にも、教典の解釈に忠実なタイプもいれば、どちらかというと持論が強めな方もいます。偉い僧ほど経典に忠実かというとそうではない。本当に、僧の数だけ仏教の教えがある、と言っていい。
そもそも仏教といっても、ブッダの言葉もあれば、般若心経もあれば、南無妙法蓮華経もあれば、禅もあれば、という風に、仏教自体がたくさんの宗派でなりたっていますから、一概に「仏教」とくくることができません。
教典が新約聖書と旧約聖書の2つしかなくても、ユダヤ教やキリスト教があり、さらにカトリックやプロテスタントと、さまざまな宗派にわかれます。仏教なんて教典がたくさんありますから、宗派なんて数え切れないほどあります。
これだけたくさんあるのですから、もはや「好きな人・好きな教えを選ぶ」で良いのだと思います。偉い人に怒られそうですが、宗教だって何が自分にあうのかわからないのですから、いろんな教えを聞いてみて、これだなと思う1つを選べばよいのです。
そして選ばない選択も尊重されるべき、という前提で、私は誰もが何かしら1つの宗派に所属している方が、人生の困難も乗り越えやすいという点で、良いのではないかと思います。
自分は無宗教でいいよ!という人もいるかもしれません。最近は宗教への風当たりも強い。しかし、宗教は人を助けます。人類がかいくぐった試練は、宗教なしに語れません。科学全盛の時代に、宗教なんて時代遅れだ!と私も以前まで考えていましたが、今は、科学と宗教は矛盾するものじゃなくて両立しうるし(現にノーベル賞受賞者にも、宗教を信じている人はたくさんいる)、宗教とうまく付き合うことで、現実の困難は乗り越えやすくなるし、心はもっと穏やかになるのではないか、と思っています。
余談ですが、これ、Midjourneyというお絵かきAIで作った「仏教の現代抽象画」なのですが、構図・色合いがめちゃ好みです。家に飾りたい。